無題ドキュメント
 

探求心から生まれた幻の果実をお届け
生産者インタビュー・鬼塚高幸さん
生産者インタビュー・鬼塚高幸さん
 
鬼塚高幸さん(DOLCE FATTORIA)

最初は興味がなかった農業

宮崎市でミニトマトなどを栽培する農園の長男として生まれた鬼塚さん。

「あれは忘れもしません。僕が小学生の頃、祖父母の代からピーナッツの栽培もやっていたんですけど、毎年5月5日が必ず種まきの日なんです。広大な畑にみんな駆り出されて種まきをしなければいけなかった。5日5日は子どもの日だから周りのクラスメイトは動物園にいったとか、ドライブにいったとか、、、
なんで僕は種まきをやらなきゃいけないんだ、と思っていましたね。今となっては農事暦は分かりますが当時は理解ができなかった。」

そんな鬼塚さんは学生時代を過ごした福岡で、今まで見たことがなかった屋台に出会い衝撃を受け、
その雰囲気に魅了されて屋台経営の道に進みます。

ところがある事情で一度帰郷することになった鬼塚さんは実家の農園を手伝いながら毎日植物を見ていると
忙しい時だけ手伝っていた時期には気づかなかった、植物の魅力に気づくようになっていったといいます。

鬼塚さんが帰郷した時期とほぼ同時にご両親が自園で新たにマンゴーの栽培を始めており、 会合に参加したり勉強を進める中、農業のおもしろさやマンゴーの未知数の可能性にどんどんのめりこんでいったのが鬼塚さんのマンゴー人生の始まりでした。

  • 「独立した当初は本当に苦労しました。今となっては全国的に有名なアーウィン種のマンゴーですが 当時は宮崎でマンゴーを作っている農家は7〜8名しかいなかったんですよ。 試行錯誤の連続でマニュアルはあってないようなものでした。
    やっとの思いで実になったとしても、当時主体として栽培していたトマトの売上がほとんどマンゴーの育成に消えていく状況で、こんな状態ではうちはもたないっていって父親との喧嘩が絶えない時期もあり本当に大変でした。」

    「でもそのころ家族ができたこともあって、本当にいいマンゴーを作って、マンゴー専門でぶれずにやっていきたいという気持ちがありました。」
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探求心の先の賜物

さらに鬼塚さんは、世界には1000種類以上のマンゴーの品種があると言われている中で、アーウィン種の他にももっとおいしい品種があるのではないかと探求心を燃やし、海外から苗木を取り寄せては育てを繰り返し30種類以上の結実を成功させながら研究を進めます。
糖度は高いけれど香りがいまいちだったり、すごくおいしいけれど着果が少なかったりで、なかなかこれだと思うものに出会えない中、あるマンゴーは香りが非常によくて甘味が強く、口触りもなめらかでおいしく、鬼塚さんはこのマンゴーに人生を賭けると覚悟を決め、さらなる研究と栽培を続けました。
ようやく安定して生産ができるようになったところ、また新たに品種特定や商標登録の壁にぶつかりますがそれも乗り越え、ついに「パルメロ」が誕生しました。

  • たくさんあるマンゴーの種類の中でもひと際輝く真珠(パール)のような艶やかさと、 あふれ出る芳醇(メロー)な香りを持つことから名付けられた「パルメロ」は、 鬼塚さんの探求心から生まれた唯一無二のマンゴーとなりました。

    ”本当にいろいろあったよ”と今でこそ笑って話す鬼塚さんでしたが、その裏にはさまざまな壁を乗り越えてきた計り知れない努力と苦労があったのだと感じました。

農家をやっていて嬉しいことを聞きました。

「やっぱりうちのマンゴーが食べたい、うちのマンゴーを料理に使いたい、といって求めてくださる方と出会えるのは本当に嬉しく有難く思います。
アーウィン種ももちろんおいしいですが、パルメロ特有の豊かな香りや酸味が少なく甘味が強いところを特に女性や子供に好んでいただいているみたいで、 子供たちがパルメロに目がないんですよという声を聞くとても嬉しいですね。」

目の前の人、一人ひとりを喜ばせたいという想いが屋台の店主をされていた時から変わらない原動力になっているのではないかと感じました。
もし長期で休みが取れたら?と聞いてもマンゴーの原産地のひとつである南米にいって栽培方法を見てみたいと答えるほどマンゴーを一途に想う鬼塚さんでした。

そんな鬼塚さんの人生をかけて作り上げた宮崎マンゴー「パルメロ」をクラウドファーミングを通して一番旬な時期に皆様にお届けいたします。
ぜひ、鬼塚さんの想いが詰まったパルメロを味わってみてください。

  • 生産者インタビュー・鬼塚高幸さん
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    鬼塚高幸さん

    宮崎県宮崎市出身。DOLCE FATTORIA代表。
    JA宮崎中央マンゴー部会副会長を歴任。
    希少種マンゴー「パルメロ」の生みの親。