自走の先にある伸び悩みを防ぐ
―若手の成長意欲を高めるロールモデル戦略

入社後数年を経て一通りの仕事を自走できるようになった若手社員が、入社当初の「がむしゃらに知識やスキルを吸収するフェーズ」を終え、自分自身で業務を進める「自走」段階に入ったことは、組織にとって間違いなく喜ばしい成長の証でしょう。自ら考え、行動し、結果を出せるようになった彼らの存在は、組織の活力を高めます。
しかし、この「自走できるようになった若手社員」こそ、次のステップに進むための課題を抱えています。一見順調に見える成長の裏側には、彼ら自身も気づいていない「見えない壁」が存在しているのです。この壁は、成長の停滞を引き起こし、エンゲージメントを低下させる要因に繋がりかねません。
貴社では、若手社員が『自走』できるようになり、現在のやり方に満足して、次の『伸びしろ』を見失ってはいないでしょうか。
人事がこの問題に戦略的に取り組まなければ、彼らの成長は予期せぬ場所で止まってしまいます。
本コラムでは、若手社員の「自走」を次の成長へ繋げるヒントをご紹介します。「型」に閉じこもる原因となっている「見えない壁」をロールモデルによって突き破り、若手社員の成長意欲を高めるためのアプローチを解説します。
「型」から飛躍へ、若手社員の意欲を引き出す鍵
一通りの仕事を円滑にこなせるようになった若手社員は、過去の経験から失敗を避け、効率的に業務を処理するための自分なりの「型」を確立し始めています。これは業務の効率化という点では大きな進歩です。
しかし、人事担当者として認識すべきは、この「自走できている」という状態が、若手社員の中でしばしば誤解を生むということです。彼らは「手取り足取り教わる必要がない」という状態を「成長のために誰にも頼る必要がない」と誤解してしまうのです。
その結果、彼らはどうなるでしょうか。苦労して確立したその「型」を最適解だと信じ込み、型を崩すリスクを恐れます。そして、それ以上の新しい伸びしろを自ら探求することをやめてしまいます。これは、成長意欲の消失を意味します。
この状態が続くと、仕事から新しい刺激や発見が得られなくなり、モチベーションの低下につながります。成長の実感が得られないことへの不安を抱えているにもかかわらず、自分の「型」に閉じこもっているため、解決策をどう求めていいのか分からないと行き詰まってしまうのです。
ここで、人事部門が戦略的に着目すべきなのが、ロールモデルの存在です。ロールモデルは、若手の「型」とは異なる視点から、仕事の「深み」や「価値の出し方」を教えてくれる存在です。
つまり、目の前の作業の先にある『なぜやるのか』という本質的な意義や、将来の課題を見据えた工夫、そして、顧客・組織の期待を上回る成果を生み出すためのアプローチを、その姿で示してくれるのです。彼らの姿こそが、若手が「今の自分を超えたい」と感じるための突破口となります。
仕事を「100点」から「一歩先」へ進化させる
若手社員が目指す完璧な仕事とはどのようなものでしょうか。多くの場合、それは「言われた通りの仕様で、納期までにミスなく納品した」という、与えられたスコープ内での100点満点の仕事です。これは評価されるべきですが、人事として彼らの成長を長期的に見ると、これ以上の高みを見せることが重要になります。
一方で、ロールモデルが示す「一歩先の仕事」は、単なる仕様の遵守に留まりません。例えば、若手社員の完璧な仕事が、指定された仕様でミスなく納品することであるのに対し、ロールモデルの一歩先の仕事は、「真の課題は別にあると気づき、仕様変更を提案して、結果的にその後の運用コストを半分にする仕組みに変えた」といったことです。これは、若手社員の仕事とは、発想の基準も、提供する価値の大きさも、全く異なります。
彼らをこのような「高い基準」に触れさせることには、重要なメッセージが込められています。それは、「今の自分の型を壊さないと、その先の仕事の面白味や、本当の意味での伸びしろは出てこない」ということです。
高い基準に触れた若手社員は、「自分もあんな風になれるかもしれない」というポジティブな成長意欲を刺激されます。同時に、現状の自分とのギャップに気づき、「もっと先へ行けるはずだ」という意欲が湧きあがります。
この「理想への憧れ」と「今の自分を超えたいという意欲」を同時に醸成することで、彼らの自発的な成長を促すことができるのです。
若手社員を成長へ導く、戦略的な交流の仕掛け
こうした意識変化は、ロールモデルを介して高い基準に触れられる「場」があってこそ促されるようになります。
最も効果的なのは、ロールモデルが歩んできた「プロセス」の可視化です。単に「売上トップ」といった目に見える数字や「結果」ばかりをクローズアップするだけでは、「あの先輩は最初からすごい人だった」と距離を置いてしまいがちです。そうではなく、先輩社員が「どう壁にぶつかり、それをどう乗り越えてきたか」という思考や行動のプロセスを共有する場を設けることが重要なのです。
プロセスを知ることで、若手社員は「自分もあんな風になりたい」と思える具体的な将来像に、自分自身の努力を重ねて繋げることができます。憧れを、手の届く目標へと変えることができるのです。
また、彼らが「自分のやり方」に閉じこもる傾向を打破するためには、所属部署や役職を超えた交流機会の企画が不可欠です。普段の業務では接点のない社員との交流は、異なる仕事観や価値観に触れる刺激を提供します。
このような交流機会は、特定の個人を特別視するためではなく、「特定のスキルや価値観を持つロールモデル」に出会うための場づくりとして機能します。多角的な視点を持つロールモデルに触れることで、自分の「型」が唯一の正解ではないことを理解し、新たな成長の道を模索し始めます。
まとめ
若手社員が「自分の型」に閉じこもることは、仕事への刺激を失わせ、結果として組織全体のエンゲージメントの低下につながる深刻な問題です。人事が認識すべきことは、この閉塞感の原因が若手個人に問題があるのではなく、彼らの自力では見つけられない「高い基準」を人事が戦略的に設計できていないという点です。
エンゲージメント低下という「見えない壁」を突き破るためには、ロールモデルの戦略的な活用が鍵となります。「今の型を壊した先には、さらに深い仕事の面白さや、新たな伸びしろが待っている」というメッセージを伝えることが人事としての重要な役割です。
単なるプレッシャーを与えるのではなく、若手社員が自身の可能性にワクワクし、自ら挑戦したくなるような「前向きな意欲」を引き出すことが大切です。
人事は、若手社員の育成を現場や個人の努力任せにするのではなく、仕事の深みや価値の出し方といった「先輩のプロセス」を可視化し、共有するための場を戦略的に設計する必要があります。自社内で、自分が目指すべき将来像に触れられる機会を意図的に実装することで、彼らの成長意欲は再び点火されます。これこそが、「成長が止まらない」組織文化を確立するための、一歩となるでしょう。