井田 幸男氏
コクヨ株式会社 CSV本部 サステナビリティ推進室 理事

現在、多くの企業でSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)への実装が広がりつつありますが、推進担当者の多くが「従業員の巻き込み方」や「日々の業務との結びつけ方」といった意識・組織の壁に直面し、模索しているのではないでしょうか。
そうした現状を打破するための具体的なヒントを探るべく、2026年2月17日、26日の2日間にわたり、ウェビナー「MS&AD×コクヨが語る、SXを「本業」へ実装する組織の作り方—— 事業成長と社会価値の統合プロセス」を開催いたしました。
多くの反響を呼んだ本ウェビナーのアフタートークとして、コクヨ株式会社の井田幸男氏をお迎えし、語り尽くせなかったコクヨ株式会社のサステナビリティ経営についてインタビューを行いました。 コクヨ様の取り組み事例を通じて、企業と個人の双方が成長するための本質的なシナジーに迫ります。
コクヨ株式会社 CSV本部 サステナビリティ推進室 理事
人事、提案営業、マーケティング、リーマンショック時の全社構造改革、MBA大学院大学立ち上げに出向などの業務を経て、2021年より現職、室長に就任。
経営&従業員&事業プロセスの全てが同時に変革のスピードをもって実践し、新たな企業文化や組織能力を獲得できること目指し奮闘中。
2拠点生活(東京、大阪)+3つの地域(徳島神山、長野、奈良)で副業や越境活動に取組中。 仕事に向き合うコンセプトは「WORK HAPPY」。
株式会社エイチ・アイ・エス
法人営業本部
ビジネスディベロップメントグループ R&Dチーム チームリーダー
本インタビューの見どころ
「サステナビリティ経営 × 個人のキャリア成長」をテーマに、これからの推進のヒントとなる以下の4つのポイントを中心にお伺いしました。
INDEX
(小林 健一 以下、小林)
本日、コクヨ様のオフィスに来させていただいたのですが、オフィスがとても素晴らしいなと感激しています!オフィスのコンセプトは何かございますか?
(井田幸男氏 以下、井田)
「社会に開いた実験場」をコンセプトにしています。
ここ20年で働き方は変化しており、コミュニケーションの活性化や働く選択肢の拡大を目的にアクティビティ・ベースド・ワーキング(ABW)を導入する企業が増えました。企業やオフィス環境は今、社員の自由度の高い働き方を支援するという流れにシフトしています。その結果、部署間のコミュニケーションが良くなったり、育児や介護といったライフステージに対しても働き方の選択肢が増えたりと、とても良い働き方に変化していると感じています。
この働き方の変化を辿っていくと、以前の弊社の考え方は、分母も分子もコクヨという考え方でした。要するにコクヨの中での社員の働き方の自由度を高める、コクヨの中での部署間のコミュニケーションを良くするという考え方だったのです。
ですが、この考え方では、やはりコクヨ以上のイノベーションが生まれないため、社会を分母において問い直すと、働き方の価値観ってどのように変化するのかと考えました。
例えば、育児や介護はオフィスを離れて家庭で行うものという概念から、オフィスの中でも行えるものと考えると、「今のオフィスの中にお子さんが来て、本当に育児が出来るのか」という問いが生まれてきます。
このような課題を見つけるためにも、今回オフィスの低層階(1階・2階)をセキュリティレベルゼロにして、社会に開いた実験オフィスにしようと考えました。その中で課題が見つかってくるかと思うので、見つかった課題をよりポジティブに、未来を変えていけることを見つけていこうと考えています。
小林:「実験」というワードが出てきたのですが、実験しながらオフィスも成長していくという、そのようなイメージを感じます。
井田:そうですね。従業員の行動変容や、経営の意思決定の仕方の変化など、さまざまな変化を狙って今回のオフィスを作っています。
小林:お手洗いもジェンダーレストイレを設置していらっしゃいますが、多様性や社員のインクルージョンという部分ではどのような取り組みをしていらっしゃいますか?
井田:例えば、社員個人が働き方について考えた時に、「どのようなことをオフィスでやりたいのか、そのためにオフィスというフィールドをどのように使いたいと思うか」ということを考えています。
一つの事例として、2024年にオフィス設計を担当した一級建築士の女性社員のエピソードがあります。
彼女は、小説家 平野啓一郎さんの「分人」という言葉をイメージし、「私は設計士ではあるけれど、パン作りが好きな自分もいて、どっちも私なんだ。このパン作りを社会に広めるために、オフィスを使ってはいけないのか?」という問いを立てました。
そして、自身の“B面”を活かした「大人の文化祭」を自ら企画し、オフィスで実施しました。
この企画は経営のOKを取りつけ、社内に呼びかけをし、オフィスの低層階を利用し、70ブース約4,000人の方が参加するイベントとなりました。翌年は、近隣の企業様からも参加希望をいただき、近隣企業のオフィスも使ってイベントを行いました。
おそらく彼女にとって、このオフィスは「自分らしく働くために活用する場所」と考えているのだと思います。実施に際しては安全面などの課題もありましたが、経営が明確な意思決定軸を持っていたからこそ、彼女の提案が企業の価値観に合致していると判断し、迅速に実施の決断を下せました。
小林:すばらしいですね!実施するという決断をすぐに下したのが御社らしいですね。
井田:すぐに実施を決定できたのは、あらかじめ経営がサステナビリティを戦略として位置づけていたからです。予算や安全面といった実務的な課題はありつつも、彼女の企画は「経営が目指す姿」に向けたポジティブな行動変容だったため、スピーディーな意思決定ができました。
それはサステナビリティ推進の全体像においても全く同じです。「コクヨにとってのサステナビリティはどうあるべきか」を常に問い直し、PDCAを回しながら、制度だけでなく『コクヨ独自の文化』として根付かせる取り組みを実践しています。
小林:推進する上では、経営戦略と結合したサステナビリティを会社が示しながら、社員が刺激を受け、変化していくことが理想の形だと思うのですが、御社における現状はいかがでしょうか?
井田:2021年に私が着任した際に設定していたマテリアリティが、あまりにも国連のIIRCのフレームワークに乗っ取って設定したものだったので、「コクヨらしくない」と感じました。どちらかというと、「せねばならぬ」というトーンの目標設定だったため、「コクヨが作りたい文化」という軸で1年かけて再度議論を行い、投資家や株主の皆様にお約束したマテリアリティを2022年に変更しました。そのため、変更から今までの現状でお話をすると、やはり目標への理解や浸透には2〜3年かかり、今やっと僕たちが背中を押さなくても、理解した社員の方達からいろいろな事例が見え出したかなという状況です。
小林:会社が「こうしたい」と方向性を示した時に、社員の意識や行動の壁をどのように変えて、現場に落としていますか?
井田:段階的ではありますが、個人の社会活動ではないため、やはり最初は経営が「どういう目標を立てているのか」「どの価値観を大切にしているのか」ということを、社員に正しく説明する必要があると思います。その点で、弊社は「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする」というパーパスを掲げています。
また、サステナビリティ活動を通じて「社会をどう変えていきたいのか」という意思を示しています。
企業は合理的で無駄のない「利益を生み出す装置」として捉えられがちです。しかし、たとえ短期的には非効率に見えても、私たちは未来を創るために、ある程度の「余白」を持ってサステナビリティを推進しています。その先で私たちが目指しているのが、「自律協働社会」の実現です。
マテリアリティの目標は「自律協働社会」を実現するためのものであり、その判断基準となるのが、根底にあるこのパーパスです。この一連の流れをセットで理解してもらうことで、社員の主体的な行動を促していくようにしています。
また、このパーパスを浸透させるために「コクヨのヨコク」という言葉が生まれて、これが今では一つの文化になってきております。
まだ浸透には課題はありますが、現在は社員から「自律協働社会は何か?」という話が出ることは少なくなりましたし、マテリアリティへの理解も、社員一人ひとりのなかに少しずつ感覚として根付いてきていると感じています。
小林:社員の方に、方針やサステナビリティ経営に関して示す場というのは、どのように作られていますか?
井田:「Sustainable Academia」というイベントを実施いたしました。そこでは、「せねばならぬ、やらされているサステナビリティ」ではなく、「やりたくなるサステナビリティ」を目的に行いました。
例えば、経営トップと外部の有識者がこれからの未来像について講演形式で語ったり、インクルーシブデザインの本質を学べるよう、「ダイアログ・イン・ザ・ダーク」をオフィス内で再現して体験する等といった内容をサステナビリティ推進室主体で、企画いたしました。
また、「Sustainable Academia」を体験後、社員に「次は自分がやってみよう」と思ってもらえるよう「Sustainable lab」という取り組みも実施しております。
部門横断のプロジェクトに挑戦したい社員が自ら企画を立ち上げ、支給された予算をもとに、実際にその取り組みを実行するという仕組みを導入しています。
CHECKインタビュー中にお伺いしたコクヨ株式会社の取り組み
小林:少し話が戻りますが、御社のパーパスや、そこから生まれた「コクヨのヨコク」というフレーズに関して、もう少しお伺いしてもよろしいでしょうか。
井田:弊社では「ワクワクする未来のワークとライフをヨコクする」というパーパスを定めており、その浸透に向けたCMプロモーションから生まれたのが「コクヨのヨコク」という言葉です。
「関西の企業らしく、ダジャレっぽいな」という第一印象を持つ方もいらっしゃるかと思いますが、このフレーズ自体が今や一つの社内文化になっています。このような言葉が企業の文化になることも、ある意味コクヨらしさなのかなと思っています。
僕たちが「コクヨらしさとは何か」、そして「今、足りないものは何か」を突き詰めて考えたとき、ポイントは2つあると思っています。
1つ目は「未来起点」であること。2つ目は、目標に向かって合理的に動く企業の仕組みの中に、「個人の意思を注入する」ということです。個人の意思を会社の成長プロセスに組み込んでいく仕組みは、他社様でも非常に少ないですし、これまでの僕たちにもまだ足りていない部分でした。
そう考えると、パーパスの本質、そしてそこから生まれた「コクヨのヨコク」という文化は、会社が経営の意思を宣言するだけのものではありません。それに基づき、社員一人ひとりが未来起点で「私はこういう未来を予告し、会社の成長に貢献したい」と宣言するものでもあるんです。
会社としての予告はもちろんですが、それを受けて社員がコクヨというフィールドを使い、どう自分自身の未来を予告していくか。私たちはワークショップなどを通じて、そのプロセスを継続的に大切にしています。
小林:「コクヨのヨコク」を具現化するためには、色々な体験や経験を積ませることが重要だと思いますが、具体的に何か実施していることはありますか?
井田:体験においては、先ほどお話したSustainable AcademiaやSustainable labが挙げられます。これまではサステナビリティを体験する機会がなかったので、サステナビリティ推進室が企画をして機会を作りました。
経験においては、サステナビリティだけでないと考えておりますので、イノベーションやデジタル分野の学びの機会として、「KOKUYO DIGITAL ACADEMY」を実施しています。「全社員がAIなどを使いこなせるようになること」を目的に、自分たちの事業をどうDX化していくかを学ぶ場を会社が提供しています。
また、社内で公募されるテーマに対し、自身の業務時間の約20%を充ててチャレンジできる制度など、多様なキャリアを後押しする仕組みが整っています。
CHECKインタビュー中にお伺いしたコクヨ株式会社の取り組み
小林:ステークホルダーや関係企業様との取り組みなど、社外活動の実例はありますか?
井田:私たちの取り組みの中に「サーキュラーエコノミーの価値観や社会像を作っていこう」という動きがあります。
それは、みなさんの中に「捨てない」という価値観を作り、「捨てない社会」を築いていくことです。
ですが、僕たちがモノを作って販売した時点で、所有権は企業から利用者へと移ってしまいます。つまり、利用者自身が「捨てない」という価値観を持っていないと、僕たちが思い描いている社会は実現できないのです。
そこで、3年ほど前から「つなげるーぱ!」という、小学生にノートの回収を手伝ってもらう活動を始めました。僕たちが「こうやって集めてね」と回収方法を提示するのではなく、「回収を手伝ってほしい」ということだけを伝えています。すると、小学生の皆さんはそれぞれの着眼点で工夫して回収してくれるのです。
このように、みんなで「捨てない社会」を体験しながら、僕たちは集まったノートを新しく製品へと生まれ変わらせ、量販店さんに置いてもらい、またみなさんに買ってもらうという循環のサイクルを作ろうとしています。
CHECKインタビュー中にお伺いしたコクヨ株式会社の取り組み
小林:すばらしいですね!消費者の方を巻き込んで、自律して動けるような仕組みを作ることで、それが社会貢献活動やサステナビリティとして戻ってくるということですね。
井田:もう一つメインでやっているのは、ダイバーシティ&インクルージョンです。
さまざまな側面のダイバーシティがあると思いますが、例えば障害のある方の雇用に関しては、今社会現象として雇用率を高めようとしています。ですが実際に現場を見ると、お任せする仕事がなかったり、雇用率は達成していても一度も喋ったことがないという企業様が多いかと思います。
これではインクルージョンができているとは言えないため、僕たちはインクルーシブデザインの取り組みを始めていきました。また、このような価値観を広げていこうと、多くの企業様と共にコミュニティを立ち上げています。
最近ですと、他社様の特例子会社、弊社の特例子会社の双方を訪れ、2社の障害を持つ方とデザイナーが「社会を良くするために、どんな提案ができるか」をテーマに話し合いました。アイデアをまとめ、ものによっては試作品を作り、展示を行い、たくさんの方に知ってもらう機会を設けました。そうした活動を通じて、ダイバーシティ&インクルージョンの実現に向けて、今まさに取り組んでいます。
小林:とても勉強になります。
多くの企業が雇用率を上げるためにサテライトオフィス等に人を派遣して働いてもらってはいるものの、会ったことないというケースも多いので、素晴らしい取り組みですね。
小林:会社として大きな変化や挑戦、中には失敗もあると思うのですが、どのように乗り越えてきたのか、何かエピソードはありますか?
井田:企業の中にサステナビリティの部署が出来て、そこに所属する社員はミッションとして、いろいろな作戦を考えて進めていると思いますが、それが経営方針の核にならなかったり、従業員に自分事化されなかった、こうした課題は弊社でも存在していました。僕たちの部署が熱く語れば語るほど、逆に空回りするというケースもありました。
その中で大事だと感じたことが、出来るだけ主語を「当事者側の立場」に置き換えて考えることだと思います。
経営の視点に立った時に「なんで経営陣はそんな顔になったのか」と考えたり、従業員の立場に置き換えた時に「やりたいけど、上司に『本業をやりなさい』と言われているのか」など、それぞれの当事者側の気持ちになることが大事だと思います。
「サステナビリティを推進するために経営が意思決定している」
「投資家の評価を得るために決めた目標設定を従業員にやってほしい」
という考え方ではサステナビリティは「推進のためのもの」になってしまうと思っています。
私が着任した当時はまだ、企業の意思決定のあり方や、日々の事業プロセスにサステナビリティの価値観や文化がまだ盛り込まれていませんでした。従業員の立場から見ても、「これは就業時間内にやるべき仕事なのか?」と戸惑うような環境のまま、活動を進めざるを得ない状況だったんです。
だからこそ、現場や従業員の気持ちになって推進していかないと、結局はすべて空回りしてしまうと痛感しました。
売上さえ上げればいいという時代ではないからこそ、サステナビリティの価値観や文化をどう根付かせるかが重要です。
小林:最後に御社が目指していく未来について、お聞かせいただけますか?
井田:先ほどお話しした「価値観や文化」は目に見えないものなので、どうしてもイベントの実施回数や参加人数といった、分かりやすい数字で測りがちです。サステナビリティ活動を通じて「売上が1,000億円になりました」と示せれば、それは財務価値に転換されているので非常に分かりやすいですが、一つの側面だけでサステナビリティの価値を測るわけにはいきません。だからこそ、その「間」をきちんと作ることが大事だと思っています。
マテリアリティ目標というのは、あくまで「自社の行動の数」に対する目標です。大事なのは、その行動が「社会をどう変えたのか」そして社会を変えたことによって「僕たちがどう選ばれていくのか」というストーリーです。
売上という最終結果だけではない「社会へのインパクト」をきちんと測定し、僕たちの事業価値やブランド力を定量的に示せるようになっていくこと、そうして社会的価値と経済的価値の間を埋めるものを定量的に示すことこそが、結果として「選ばれる企業」になるために必要だと思っています。
小林:最後に、世の中全体で見た時にサステナビリティについてどう思いますか?
井田:サステナビリティは、明るい未来、羅針盤のようなものだと感じています。
現在注目しているのは、まもなく期限を迎えるSDGsの「次の目標」です。これからは、より「人の価値」にフォーカスした目標が掲げられるのではないかと私は予測しています。
企業の本質は「人の価値の集合体」です。これからの時代は、その価値を単なる「生産性の向上」だけで終わらせず、社会の幸福や持続可能性にどう繋げていけるか、それこそが、サステナビリティの本質ではないかと思っています。