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意外と知らないヨーロッパ各国の国民性

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"そのイメージは本当に正しい!?~ヨーロッパ各国の国民性~"

ドイツ人は厳格、イタリア人は陽気でプレイボーイ、フランス人はお洒落でお話し好き…なんて各国のイメージはある程度確立されているものです。 でも、そんなスレテオタイプなイメージは、本当のところどこまで当たっているのでしょうか。実は、メジャーな国についても、まだまだ知られていない側面もあります。それでは、ヨーロッパ各国の国民性をご紹介していきましょう。

イギリス

ユニオンジャック

ユニオンジャック(Union Jack)の愛称で親しまれるイギリス国旗。これは、英国を構成する各地方、イングランドとスコットランド、アイルランド王国の国旗を組み合わせた物です。しかし、ここには極初期の段階でイングランドに吸収されたウェールズの国旗が組み合わされておらず、近年それが問題視されているとか。

イギリスと言えば「紳士の国」。この“紳士(Gentleman)”の語源となった、ジェントリー(Gentry)という言葉は、イギリス貴族の一階級を表す言葉ですが、実はこのジェントリーが活躍した時代のイギリスは、けっして紳士の国などとは言えない場所でした。

食事は基本的に手掴みで、犬のようにかぶりつくのは当たり前。真昼間か酒を飲むどころか、朝起きたら先ずは寝覚めの一杯とばかりにジンをあおる。挙句の果てに、赤ん坊が泣き止むからと、ミルクに酒を混ぜて飲ませる始末。国民総アル中といった惨状で、衛生事情の悪さもあって、18世紀には死亡率が出生率を上回ってしまう時期もあったのだとか。

さすがに時の政府も重い腰を上げ、アルコール度数の高いジンやラム酒よりもまだマシだ、という理由でビールを飲むことを奨励した結果、全国にビアハウスが乱立。現在にまで至る、イギリス独自のPUB(ビール+軽食を出す居酒屋)文化が形作られるきっかけとなったのだそうです。

とはいえ、当時のイギリス人だってただの呑兵衛というわけではありません。イギリスが世界に向けて躍進するきっかけとなった産業革命の担い手も、このジェントリー達だったのです。彼らは貴族といっても最下層の地位で、その分、古臭い伝統に縛られる事もなく率先して新規事業を起こし、イギリスに「日の沈まぬ国」と呼ばれるほどの栄華をもたらす礎を築きました。
まだろくに交通網も発達していない中、遠くインドや中国まで足を延ばし、時には命の危険を顧みずに貿易を行うバイタリティーの根底には、ノブレス・オブリージュ(noblesse oblige ―高貴なる者の義務)と呼ばれる、良い意味での貴族としてのプライドがあったからかも知れません。

アメリカと同じく商業を重んじる国でありながら、イギリス人にはどこか一本筋の通った印象があるのも、この良き伝統を受けついているからなのでしょうか。

フランス

フランス国旗

トリコロール(Tricolore:三色旗)の呼び名でお馴染みのフランス国旗。よく、青は自由、白は平等、赤は博愛を表すと言われていますが、これは誤りです。実はこれ、フランス王家を象徴する白(白百合)と、フランス人民を表す青と赤(パリ市の紋章)を組み合わせた物。これにより、人民と王家の和解を表現しているそうです。

フランスに旅行へ行く、と言うと真っ先に頭に浮かぶのが「フランス人は英語が通じない」というイメージ。でも実は、2010年度のTOEFLの結果でみると、日本人の平均点が67点に留まるのに対し、フランス人は平均85点と高水準をマークしています。まぁ日本人の平均点が低すぎる(アジア圏でもビリから2番目)のもありますが、フランスでは特に若年層を中心として、ビジネスでも問題ないレベルで英語を操れる人が多いのです。

そうした事もあり、空港・ホテル・駅・劇場・美術館・博物館など、観光客が立ち寄ることの多い公共施設では、ほぼ問題なく英語が通じます。

ただし、英語を理解できるという事と、英語を話そうとするか、というのは別問題。フランス人が普通に暮らす日常空間で英語を使うと、あまり良い顔をされないor知らんぷりされるといった事もあるようです。これをフランス人はプライドが高いから…と簡単に片付けてしまう事もできますが、その“プライド”にしてもあながち根拠の無いものではありません。実は、英語の中にはフランス語由来の単語が数多く存在し、現在使われている英単語の中だけでも、1万以上の単語がフランス語を借用したものだと言われています。

また、そもそもイギリスの上流階級の間では、日常的にフランス語を使っていた時期もあり、現在のイギリス王室の紋章にも「Dieu et mondroit(神と我が権利)」「Honisoit qui mal y pense(邪なる思いの者に災いあれ)」といったフランス語のフレーズが記されているほど。フランス人からすれば、英語なんて元をただせば自分達の弟分の言語、といった印象があるのかも知れません。

とはいえ、例え高級店でも、お店の人の虫の居所が悪い時は、外国人客が流暢なフランス語を話していようとも、ぶっきらぼうな対応をされる事もあるようなので、単に自分の感情をストレートに表現する国民性なのかも知れませんね(むしろ日本人の接客が丁寧過ぎ?)。

ドイツ

ドイツ国旗

黒は勤勉、赤は情熱、金は名誉を表すとされるドイツ国旗。この配色は、ナポレオン軍がドイツに侵入した際に立ち上がった義勇兵の制服に由来するとも言われています。この他にも、旗の中央に中世ドイツを象徴する神聖ローマ帝国の鷲の紋章をあしらったバージョンがあり、サッカー観戦時などに用いられているようです。

真面目で勤勉なイメージがあるドイツ人ですが、規則や法律に厳しいことは間違いありません。タイタニック号に関する小話で、皆が救命ボートに乗り移ろうと大騒ぎしている時、アメリカ人には「船に残ればヒーローになれます」と言い、ドイツ人には「船に残るのがルールです」と言ったら従ったというジョークがあるほど。

最近、50代のドイツ人男性が、カーナビの指示を律儀に守り、本来右折すべき地点の30m先でハンドルを切って公衆トイレに激突するという事故もありましたので、上の小話もあながち笑えないかも知れませんね。

このように、少し融通がきかないほど、命令や指示、規律を厳格に守ろうとする生真面目さなどを指して、よく日本人とも似ていると言われますが、これには両国の歴史が関係しているという説もあります。

実は、近代ドイツの歴史は日本とよく似ており、200年くらい前まで国内に小国が乱立し、ひとつの“国”として外国に立ち向かえるほどの力を持っていませんでした。ちょうど同じ頃の日本も、国内が藩ごとに分かれ、それぞれの地域を別々のお殿様が治めていたのと似ていますね。
とはいえ日本の場合は、いちおう徳川幕府が全国のお殿様を支配していましたが、ドイツの場合はそれより少し複雑で、各地の王様同士が選挙を行ってドイツ全体を治める王様を決めていました。
しかし、時代が下るにしたがって、そんなゆるい結束では外国に対抗できないことに気付き、ちょうど日本で明治維新が起きたのと同じ頃、一番力のあったプロイセン王国を中心にドイツ全土を統一。それから両国とも、外国に比べて立ち遅れていた産業などを増強すべく、一挙に近代化を図りました。両国とも、他の国が100年近くかけて行った改革を、わずか30年程度で成し遂げたのです。
ただ、その過程では、他の国のように民間の業者が充分成長するのを待つ余裕はなく、鉄道や製鉄、炭鉱を初めとする主要産業を国家が主導し、国民はその方針に素直に従うという体制が出来上がりました。さらに学校教育でも、規律を守り、きちんと指示に従う国民を育てることを重視したのです。
その結果、現在に至る、両国の生真面目な国民性が出来上がったのだとか。まぁこの説に関しては、正直なところ少々疑問もありますが。

ただ、ここで一つ注意したいのが、生真面目であるという事と、勤勉であるという事はかなわしも一致しないということ。
ドイツ人は、日本人とは異なり、勤務時間が過ぎると例え中途半場なところでも仕事を切り上げて帰ってしまうことがよくあります。会社の規則にはきちんと従うけれど、自分の時間を犠牲にしてまで奉仕する義務はない、といったところでしょうか。しかし、これも見方を変えれば、労働基準法や労働契約などの“規則”にきちんと従った結果と言えるかも知れませんね。

ベルギー

ベルギー国旗

まるで、ドイツの国旗を縦にしたようなベルギー国旗。ただ、デザイン自体はフランス国旗を基にしたようです。配色は、現在もベルギー王国の王族達に儀礼称号として受け継がれている中世ネーデルラントの覇者、ブラバント公の紋章に由来するとされています。

フランスとドイツという大国に挟まれ、少し印象が薄い気もするベルギーですが、実はEUの本部が置かれている欧州政治の一大拠点という側面もあります。
その影響か、ベルギー人にはバイリンガルどころか三ヶ国語を自由に操るトワイリンガルも多いのだとか。そもそも、国の標語自体がL'union fait la force(フランス語)、Eendracht maakt macht(オランダ語)、Einigkeit macht stark(ドイツ語)※日本語訳:「団結は力なり」と三ヶ国語で表記されています。この三ヶ国語以外でも、例えば英語などは充分通用しますが、オランダ語に近いフラマン語を話す地域では90%以上の確率で通じるものの、ベルギー南部のフランス語圏では80~85%程度と若干理解度は下がります。
まぁ、いずれにしても旅行中に使う英語程度であれば、まったく問題なく通用すると思います。

ところで今、“フラマン語を話す地域”と、“フランス語を話す地域”という話をしましたが、ベルギーにはこの通り複数の公用語が存在するだけでなく、ベルギー国内なのに別の国が存在するという地域も存在するのです。

正確に言うと、この地域はベルギー国内ではなく、オランダ領の中に存在するのですが、そのオランダの中にあるベルギーの領地の中に、さらにオランダ領が存在するという非常に複雑な状態になっています。これは、ベルギーとオランダの国境から、5kmほどオランダ領の中に入り込んだ場所にある、バールレ=ナッサウ(Baarle-Nassau)という地域。
人口2000人ほどの小さな町ですが、町内の21ヶ所がベルギー領となっており、さらにその中にオランダ領の飛び地が存在するという状況になっています。1つの家の中にベルギーとオランダの国境がある、なんて冗談みたいな家も存在するそうですが、その場合、その家の住民は正面玄関がある方の国に所属するという決まりがあるそうです。

こんな環境の中で育てば、自然と国際人になりそうですね。実際、外国人にも非常に親切なお国柄で、旅行者がちょっとキョロキョロしようものなら老若男女問わず「どこに行きたい?」「迷ったの?」「道を教えてやろうか?」と近寄ってきて、すぐに人だかりができるのだとか。ヨーロッパ人にしては背が低い人が多く、日本人に近い体型をしているので、旅行先でお洋服を買うなんて際も便利ですね。ただ、仕事に励むよりも自分の生活を充実させたいという国民性で、仕事に関してはやや怠け者であるといった一面も持ちます。

トルコ

トルコ国旗

「新月旗」や「月星章旗」(Ay Yıldız)とも呼ばれるトルコ国旗。トルコでは、700年以上前から赤地の旗を用いていましたが、オスマン帝国時代にイスラムを象徴する新月と星を組み合わせ、現在のデザインになったと言われています。しかし、実のところイスラムの雄であるオスマン帝国がこの旗を使っていたからこそ、新月と星がイスラムのシンボルになったという逆説もあるのだとか。

トルコ人は、ベルギーに負けないほど外国人をもてなす心を大切にしています。これは、トルコがイスラム教の国という事とも関係しているのかも知れません。コーランの定めで、遠来の客をもてなすのはイスラム教徒の義務とされているからです。

ただ、ここで注意したいのが、“もてなされる側の態度”。バザールで特産の手織り絨毯などを物色していると、よくお店の人がお茶を出してくれますが、これを放ったらかしにして買い物を続けるのはNGです。おもてなしはアラーの定めた神聖な行為なので、それに対しそっけない態度をとるのは、とても無礼な行動にあたります。また、日本人がよく犯しがちなミスとしては、おもてなしをされた以上、なにかお返しをしなければと考え、不必要なほど豪華な贈り物を返してしまうという事があります。こうすると、「見返りを期待しておもてなしをした」という事になってしまい、場合によっては相手をひどく傷つける事にもなりかねないからです。もし感謝の気持ちを表したいというのであれば、テシュッキュル エデリム(Tesekkurederim)と言えば充分伝わります。
とはいえ、トルコ人はもともと大らかな国民性。旅行者のちょっとしたミスくらいで腹を立てる人なんかいないでしょうからご安心を。

そもそもトルコ人は、日本人に親近感を抱いており、その文化にも共通点があると言われています。私達が使う日本語とトルコ語は、同じアルタイ諸語に分類される言葉で、文法も同じSOV(主語・目的語・動詞)の順。単語自体も似ていて、「味」を「アジ(aci)」、「お宅」を「オタク(otag:家の意味)」といった例の他にも、「哀れ」なんていう日本っぽい感性を表す単語も「アワレ(avare)」と同音同義語で表したりします。

また、家の中ではきちんと靴を脱ぎ、冬にはコタツ使い、近所付き合いを大切にする点など、まるで古き良き時代の日本のような文化が残っているのです。

イタリア

イタリア国旗

日本ではあまり耳馴染みがありませんが、現地ではこのイタリア国旗を指して、トリコローレ(Tricolore:三色旗の意)と言うのだとか。その名前が示す通り、フランスの国旗(トリコロール)を起源とする物で、近代のイタリア統一運動のシンボルとなった旗です。緑は「国土」、白は「雪・正義・平和」、赤は「愛国者の血・熱血」を表すとされています。

イタリア人は、陽気でおしゃべりでナンパ好き。そんなイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。ソビエト政権下のロシア人が、黒パンを買うのに長蛇の列を作っていた頃、イタリア人は、そのパン屋の娘を一目見ようと行列を作っていたというジョークもあるくらいですから。

そんなイタリア人ならさぞかし離婚率は高いだろうと思われがちですが、実は意外にもイタリアの離婚率はかなり低めです。アメリカが約5%、日本でも約2%のところ、イタリアはなんと約0.7%。ナンパなイメージがありますが、実はイタリア人は堅実で、家庭的なのかも知れません。イタリア人が一番大切にしているのは「家族」だといわれており、それが行き過ぎたせいか、最近では「マンモーニ(Mammone)」と呼ばれる、日本で言うところの“マザコン”の増加が社会問題にもなっているほど。これもまぁ、母も恋人も同じ“女性”なので、とにかく女の人を大切にする文化なのかも知れませんが…

といった話はさて置き、より現実的な理由としては、結婚にあたり文字通り“死が二人を分かつまで”の誓いを求められるカトリック教国ということも、離婚率を抑制する要因として挙げられるでしょう。法律上でも、離婚制度が認められたのは1970年代に入ってからで、今でもほとんどのイタリア人が離婚に対して嫌悪感を抱いています。

では結婚率はどうなのかというと、実は結婚するカップルもあまり多くはありません。離婚制度がなかったという歴史的背景から、表面上は同棲でありながら実質的には夫婦という家庭が多いため、生涯未婚率も高めです。なんだかこれでは本末転倒な気がしますが…、そこはそれ、陽気なイタリア人は細かいことは気にしないのかも知れませんね。

と、言いたいところですが、正直なところ“陽気なイタリア人”というイメージも、全てのイタリア人に当てはまるわけではありません。イタリアは地域による差が激しく、特に「南北問題」といわれる南北イタリア間の格差は、長年の政治テーマにもなっているほど。

イタリア最大の商都ミラノをはじめ、工業都市トリノ、ヨーロッパ屈指の港湾都市ジェノバなどを抱える北イタリアは、EU圏内でも上位に位置するほど平均収入が高く、住民の気質も陽気というより堅実。一方、観光客にも人気のナポリやシチリアを含む南部イタリアは、収入こそイタリアの平均より20%近く低いという惨状ですが、人々の気質は陽気でおおらかです。こうした南イタリアの状況を指して、「北が稼ぎ、南が使う」なんて揶揄する言葉もありますが、彼らはそんな事は意に介していないのかも知れません。
彼らの人生観を表すものとして、「マンジャーレ(Mangiare)、カンターレ(Cantare)、アモーレ(Amore)」という言葉がありますが、これを日本語にすると「食べて、歌って、愛するうちに一生が終わる」といったところでしょうか。こんな言葉を聞くと一介の観光客としては、南イタリアの肩を持ちたくなりますね。