海外研修
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近年、「人的資本経営」への関心が高まる中で、エンゲージメントサーベイを組織運営の「羅針盤」として導入する企業が急速に増えました。
しかし、数年を経た今、多くの人事担当者が共通して「ある矛盾」に直面しているのではないでしょうか。それは、「職場環境の改善によりスコアは上昇しているはずなのに、肝心の離職率が改善されない」という事象です。
この背景には、スコア改善をKPIとして追うこと自体が目的化し、「数字を下げないための防衛的なマネジメント」に陥っているという構造的課題があります。
職場から「不満」が解消される一方で、自律的な人財が求める「成長実感」や「仕事の手応え」が相対的に薄れてしまっているケースは少なくありません。その結果、目に見える不満がないまま、将来のキャリアを見据えた社員から順に、組織に見切りをつけていくというパラドックスが各所で起きているのです。
本コラムでは、「エンゲージメント」を「居心地の良さ(満足度)」と同一視してしまったことで、人財の成長という視点が相対的に置き去りになってしまった背景を解き明かします。そのうえで、スコアという数字の認識を変え、表面的な満足度を超えた「成長できる環境」をいかに形作るのか——。組織としての転換の方向性を問い直します。
INDEX
なぜ、スコアは上がっているのに離職率は改善されないのでしょうか。その根源は、組織が「不満の解消」と「意味の提供」を混同していることにあります。
パーソル総合研究所の「離職の変化と退職代行に関する定量調査(2025年)」によれば、離職者が抱える不満の構造は、この数年で劇的に変化しています。かつての主因であった「サービス残業」や「労働時間の長さ」といった物理的な労働負荷への不満は、働き方改革の浸透により大きく減少しました。職場から「目に見える悪」を取り除く取り組みは、確かにある一定の成果を収めたと言えます。
しかし、その一方で上昇しているのが、「求められる成果の重さ」や「評価への納得感の欠如」といった項目です。
ここで、臨床心理学者フレデリック・ハーズバーグが提唱した「二要因理論」を改めて参照すると、この事態がより明快になります。
ハーズバーグの二要因理論とは?
衛生要因(不満の解消)
労働時間や作業環境など。不足すれば「不満」となりますが、これらをいくら整えても「不満が消える」だけで、自発的な「ここに留まりたい」という貢献意欲にはつながりません。
動機付け要因(満足の向上)
仕事の意味、達成感、そして「成長」。これらが満たされることで、人は初めてその組織に自らの意志で留まろうとします。
現代の離職は、もはや「職場が過酷だから」起きるのではなく、「環境は整っているが、仕事の意味や成長の見通しに納得ができないから」起きているのです。
特に自律的な人財にとって、真の恐怖は不満があることではなく、「今の環境に安住することで、自分の市場価値が相対的に低下すること(キャリアの停滞)」です。職場が白くなり、摩擦が取り除かれるほど、彼らは「このままここで、自分は他社でも通用する人間になれるのか」という将来への不安を募らせます。
さらに、ハラスメントを恐れて上司が踏み込んだ指導を避ける「ゆるいマネジメント」は、支援がないまま成果責任だけが重くのしかかる「納得感なきプレッシャー」を生んでいます。
スコアを上げるために負荷を排除し、組織がぬるま湯化した結果、成長を求める人財から流出していくという悪循環が生まれます。これが、数字の裏に隠された「満足度の罠」の正体です。
参考:株式会社パーソル総合研究所|離職の変化と退職代行に関する定量調査
運用の構造にも、根深い問題が潜んでいます。スコアが経営KPIとなり、部門別のランキングや前年比の改善がマネージャーの評価に直結し始めた瞬間、サーベイは「組織を良くするための対話ツール」から「批判を避けるための評価指標」へと変質してしまいます。
本来、サーベイは現場の微かな変化や違和感に気づくためのものですが、数値化による「管理」が強まるほど、かえって現場の「本音の対話」が阻害されるという現象が起こります。スコアという数字が評価の対象になると、現場では無意識のうちに次のような防衛行動が加速するからです。
耳の痛いフィードバックの消失
スコア低下を恐れるマネージャーが、部下への厳しい指導や高い目標設定を避けるようになります。これは短期的には「不満」を抑える一方で、部下の「成長機会」を奪う行為に他なりません。
本音の隠蔽と中極化
「職場の雰囲気を悪くしたくない」「上司に気を遣わせたくない」という心理的安全性とは逆の力学が働き、回答が無難な数値に収束していきます。結果として、離職の真因となるような現場の「違和感」が数値に表れなくなってしまうのです。
年1回の「過去の数字」を追いかけ、現場の防衛本能を刺激するだけの運用では、離職のトリガーとなる個人の停滞感を掬い上げることは不可能です。形式的な運用によって、本来あるべき「本音でぶつかり合い、共に高め合う文化」が損なわれている実態に向き合う必要があります。
「職場に不満はないが、成長実感も得られない」という静かな停滞は、中長期的に見れば、組織の競争力を根本から低下させるリスクを抱えています。改めて「組織が健全であるとはどういう状態か」という問いに向き合い、大きなパラダイムシフトを起こす必要があります。
そもそも、企業の持続的な成長を支える源泉は、そこで働く一人ひとりの「人財の成長」に他なりません。そして、人がこれまでの限界を超え、新たな能力を獲得するプロセスには、現状維持を打破するための摩擦や、ある種の「痛み」が必ず伴うものです。生物が脱皮の際にエネルギーを消費し、一時的に無防備になるのと同様に、組織もまた、進化の過程では一時的な揺らぎを経験します。
この事実を直視し、サーベイの目的を「心地よさの追求」から「成長の課題(成長痛)を発見すること」へと再定義しましょう。
スコアを上げることが目的。低下は「避けるべき問題」である。
スコアの揺らぎは「変化の兆し」。低下した項目こそが、対話を通じて乗り越えるべき「成長の余白」である。
「不満はないが、成長もできない」という高スコアは、組織が「痛みのない停滞」に陥っている警戒信号かもしれません。逆に、新しい目標への挑戦によって一時的に不満や葛藤のスコアが揺れていたとしても、その裏で活発な対話が行われ、改善に向けた意思決定が現場でなされているのであれば、その組織の筋肉量は確実に増しています。
表面的な数値の安定に固執するのではなく、人財の成長に伴う「健全な葛藤(成長痛)」を許容し、それをエネルギーに変えていける組織。それこそが、自律的な人財が「ここに居続ける理由」を見出せる環境の本質なのです。
離職率を本質的に改善し、人財が育つ組織を作るために、人事が取り組むべき3つの実戦的なステップを提案します。
① 「満足度」から「成長環境」への投資シフト
「働きやすさ(福利厚生や残業削減)」を整えるフェーズは、すでに多くの企業で一巡しました。これからは、「この仕事を通じてどのような市場価値が身に付くか」「失敗を許容し、挑戦を支援する仕組みがあるか」という動機付け要因の可視化と強化にリソースを集中させます。
② マネージャーの評価軸を「数値」から「対話」へ
マネージャーの役割を「スコアを維持する調整役」から「部下の成長を促す併走者」へ変えます。人事評価において、スコアの結果そのものではなく、数値をきっかけにどれだけ本音の対話を行い、現場でどのような変化(意思決定)を起こしたかという「プロセス」を高く評価します。
③ 「挑戦による揺らぎ」を経営が肯定する
経営層に対し、一時的なスコアの下落を「健全な葛藤(成長痛)」として説明できるロジックを備えてください。安定した高スコアを求めるのではなく、常に変化し、摩擦を恐れずに挑戦し続ける組織であることを評価の軸に据えます。
エンゲージメントサーベイの本質は、スコアを維持すること以上に、現場に潜む停滞感や「もっと成長したい」という切実な期待を、経営のテーブルに引き出すための「対話の窓口」として活用することにあります。
人事が真に向き合うべきは、ダッシュボード上の整った数字ではなく、社員が「この組織にいれば、自分自身の可能性を広げていける」と確信できる環境そのものではないでしょうか。
単に居心地の良さを提供する「優しい組織」に留まるのではなく、「互いの成長を支え合い、高め合える「成長し続ける組織」を模索すること」「表面的な満足度を追いかけるフェーズを超えて、成長できる環境という場の提供に立ち返ること」「数字の背後にある人財の成長を信じ、現場の葛藤さえも変化の兆しとして受け入れる」姿勢こそが、結果として離職率を本質的に改善し、企業の持続的な成長を実現する鍵となるはずです。