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スイス旅行特集 夏のスイス

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スイス旅行特集 | 憧れの山岳ホテル


アルプスを吹き抜ける風の音、鳥のさえずり、氷河を流れる水の音・・・。山岳ホテルは標高 2,000mを越えるアルプスの高地に建つホテル。森林限界を越え、周囲は360度見渡せるアルプスの眺望が広がります。
最終の登山電車が麓の村に下りた後は、アルプスの絶景は山岳ホテルに宿泊されたお客様だけのもの。アーベントロートと言われる山々の夕焼け、日没後の満天の星空、そして朝焼けから1日のドラマが始まります。本物のアルプスの醍醐味がここにあります。


(右写真)ゴルナーグラートクルム
ゴルナーグラートクルム(イメージ)

ゴルナーグラートクルム


ゴルナーグラートクルム(イメージ)

[ ゴルナーグラート 標高 3,130m ]

世界的に有名なゴルナーグラート展望台に建つホテル。マッターホルン、モンテローザなど4,000m級のアルプスに囲まれ、西側のお部屋からはマッターホルンを正面に眺めることができます。2005年にリニューアルされ、エレベーターの設置、各客室にシャワーやトイレが完備されるなど、益々快適な滞在を楽しめるようになりました。


ゴルナーグラートクルム(イメージ)

ゴルナーグラートクルム全景

ゴルナーグラートクルム(イメージ) マッターホルン(イメージ)

ホテル内レストラン

マッターホルンの朝焼け

ゴルナーグラートクルムの歴史


作家マーク・トウェインがツェルマットブームの火付け役

ヴァリス地方の一寒村、ツェルマットが人々の注目を浴びるようになったのは、あのマッターホルンの影響です。19世紀中頃、ヨーロッパにアルプスブームが起こり、山々の初登攀を目指した登山家や、一部の貴族たちがこの小さな山間の村にも注目し始め、ツェルマットにもホテルの建築ブームが訪れます。この動きに拍車をかけたのが1878年にツェルマットに旅行にきた作家のマーク・トウェインでした。彼はツェルマットからゴルナーグラートまで丸7日間かけて200名のガイドや荷役人と食料用の牛や羊までを連れての大旅行。しかも全員には雪崩避けのための「こうもり傘」を支給。この旅行記が起爆剤となり、19世紀末にはイギリス人を中心にこの地域を旅行する人々が増えてきました。1891年には工事を進めていたVisp(フィスプ)からZermatt(ツェルマット)までの鉄道が完成。簡単にツェルマットまでたどり着けるようにり、旅行客の次の興味はマッターホルンのよく見える展望台へと向けられていきます。

1896年に最初のホテル ベルベデーレが完成

このような背景により1895年からゴルナーグラート展望台のホテル建設に着手。1896年ついに最初のホテル、ベルベデーレ「Belvedere」が完成しました。当初は35室で開業。ホテルというよりは山小屋に近い感じでした。しかし展望台の人気はその当時から相当なもので、鉄道が完成する直前には常に60〜70頭のロバと4人一組で担ぎ上げる人力のカゴ椅子の担ぎ手が登山口には待機をしていたという記録が残されています。1896年5月から工事を開始したゴルナーグラート鉄道は1898年8月20日についに全面開通。観光客は飛躍的に増大し、すぐにこの小さなホテルでは需要をまかないきれず、1909年にほぼ現在のホテルが出来上がりましたが、完成当時は43室70ベットの他に、300名を収容できるホールも備えていました。(二つの天文台のドームは後から付けられたものです。)ゴルナーグラートのホテルは1909年から約10年間、その所有を一般人に売り渡したことがありましたが、1919年に再び村が買い戻しました。その後はずっと村営、厳密にはBerggemeinde という村の組織が現在まで管理を続けています。

シャイデック


シャイデック(イメージ)

[ クライネシャイデック 標高 2,061m ]
アイガー北壁が一望できるクライネシャイデック展望台に建つ山岳ホテル。100年以上の伝統を誇り、クラシックな内観が自慢。一歩中へ入るとそこには古き良きヨーロッパの伝統と格式、そして洗練されたホテルスタッフが温かく皆様をお迎えいたします。


シャイデックとアイガー(イメージ)

シャイデックとアイガー北壁

シャイデック(イメージ) シャイデック(イメージ)

ホテルロビー

お部屋一例

シャイデックの歴史


100年以上も前の1842年にオープン

クライネシャイデックに最初のホテルが建設されたのは1840年のこと。“Zum Gemse”という名前の峠の山小屋を買い取り1842年に建て直してオープンしました。初代のオーナーから経営を引き継いだAdolf Seiler(アドルフ・ザイラー)が、この当時、すでに将来の需要を見越してクライネシャイデックからグリンデルワルトまでの下水道工事を行いました。当時はまだ鉄道が開通していない時代。ラバに引かせたトロッコをラウターブルンネンやグリンデルワルトから引き上げてホテルの物資を確保していた記録が残されています。1864年にホテル・ベルビュー、1896年にはすぐ横にホテル・デザルプが完成。もともとはライバルホテルでしたが、1914年にはホテル・デザルプを買収し、一階部分をテラスで繋げてほぼ現在のホテルの形が整いました。

1920年代 イギリスのスキーブームで大成功を収める

1893年にはようやくラウターブルンネン、グリンデルワルトからの登山鉄道が開通。1912年にはユングフラウヨッホまでの鉄道が開通したこともあり、観光客が飛躍的に増加。しかし1914年からの第一次世界大戦の5年間はホテルをクローズしましたが、4年後にはみごとに再開。折りしも戦争が終結した1920年代に入るとイギリスでは空前のスキーブームが訪れます。そしてシャイデックホテルも1925年から1926年にかけて、初めて冬季営業を実施し大成功を収めることになりました。1929年にはホテルを大改装し、多くの部屋にバスやシャワーが完備され、内装も現在のような英国調に。多くのヨーロッパのからのお客様は昼間はスキー、夜はメインダイニングやバンケットルームで開催されるパーティーに参加して楽しみました。現在のホテルの経営はアドルフ・ザイラーの娘の嫁ぎ先であるフォン・アルメン家が継承し5代目になっています。


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